朝吹真理子「きことわ」

というわけで、芥川賞候補を通勤電車で読む、の第2回です。

えー、なんて書けばいいのでしょう。たしかに、この人は候補にすべきだ、と思いました。他の作品を読んでいないので、なんともいえませんが、才能のある人であると感じました。

 完成度はそれほどでもないと思いますが、しかし、この主題で完成度が高い作品というのもありえないだろうとも思うので、これはこれでいいのでしょう。正直な感想を書くと、途中で飽きましたが、途中までで、これは才能ありだと思いました。

 非常にきちんと意図というか企みを持って計画的に書いていることはひしひしと伝わってきます。永遠子と貴子という二人の女性が主人公であり、語り手ですが、この二人の視点が行ったり来たりします。しかも、過去と現在の場面も、いったりきたり、そして現実と夢もいったりきたり。このあたりが、幻想的という所まではいかず、荒唐無稽にならず、ぎりぎのリアリティをもって描かれています(直接的に「夢」と区別が云々のようなことも書かれている)。このような文章は、たしかに独自なもの、唯一無二の才能で、「これからが楽しみ」だと思わせるわけです。

 作者は、果敢にチャレンジしている気がします。自分の守備範囲のもので済ましてしまおうとは考えていない。でも、作者が望むものができているかというと、ちょっと及ばなかったというのが、私の感想です。とくに後半は、いくつかドキッとするようなことも起きるのですが、基本的には予定調和で、もうひとひねりあれば傑作だったのにと思います。結果的に、二人の女性の思い出という範疇から出ることがなかったのが残念です。

 でも、文章は巧く、独特の味わいとセンスがあります。田中慎弥がストレートな直球ならば、朝吹真理子は変化球。これはこれでいいかもしれない。この作品が受賞する可能性もありでしょう。
 うーん、今回の候補作はレベルが高いです。

新潮 2010年 09月号 [雑誌]

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