わたしを離さないで

ちょっと油断したら、極めて厳しい状況下になってしまい、ほんとうならば、映画など観ている暇はないのだが、1ヶ月ほど前に、深夜に酔ってiTunesStoreでレンタルしたまま、放置されていた映画が期限切れになりそうだったので、観た。

子供向けではないので、寝静まってから観た。原作はこれ。

わたしを離さないで

わたしを離さないで

実は、この小説をハードカバーで持っている。何章か読み進んだまま、積んどく状態になっている。面白くないわけではなく、じっくり読む時間がないのが問題。とはいえ、劇的に面白くて最後まで徹夜しちゃいました、というような小説ではない。わりと地味に、淡々と、物語の背景をぼかしながらすすんでいくので、予備知識なしに読むと、あるいはSFが得意でないと、なにがいいたいののかさっぱり分からないといったタイプです。

てなわけで、これが映画になると知ったときは、ちょっとうれしかったです。

映画は、かなり原作の雰囲気に忠実だと思います(内容まではもちろん比較できません。これから読みます)。とにかく重厚な文芸作品的な映画です。とくに、前半の寄宿学校のシーンは、歴史の重みを感じる建物が、しかし汚れているところまでリアルに描写するイギリス的な映画味にあふれていて、相当地味で、退屈といえば退屈な展開も、私としては、楽しめました。

原作者の意図はともかくとして、皮肉というかブラックジョークにあふれた作品でもあります。笑うことはまったくありませんが。

ほとんどゴミのようなおもちゃが届き、子どもたちがはしゃぐシーンなど、「限定カード」という名の紙切れ欲しさに、大金を出して買う子どもと、それを商売にするために○○ャンプを買い占める大人を思い出してしまいました。

臓器移植も、ほとんど同じようなことが現実に起っているわけです。日本ではさすがにないと思いたいですが、世界に目を向ければ、臓器を販売することが行われていて、まさに貧困層が富裕層に命を売っているわけですから。後半、「クローンにも魂があることを示そうとしたが、そんなことにだれも感心がなかった。病気になった人が死んだらどうするんだ」というような台詞は、臓器移植にある差別的な側面への痛烈な批判でした。

ただし、映画の主眼とするストーリーは極めてシンプルな三角関係の恋愛であり、少年少女時代へのノスタルジーが全面に出ていて、SFであり、社会批判もある、青春ものの文芸映画という、不思議なものに仕上がっています。

しかし、少年時代へのノスタルジーというには、この気持ち悪い設定のため、単純にいいなあいえないところが、この映画の特徴でもあり、難点でもあり、ここが手放しで人に勧められない理由だと思うわけです。ガラクタに群がる子ども時代なわけですが、きちんとガラクタなんだもの。主人公が何度も聴く「Never let me go」という曲もそのガラクタの古いカセットに入っているわけですが、検索してみると、そんな曲はなく、フィクションでした。こういうところで、ノスタルジックな気持ちをわざと萎えさせる作りをしていることがわかります。

ふと、いま思い出したのが、ルイ・マルの「さよなら子どもたち」という映画で(大好きで何度も観ている/相変わらず紀伊国屋は映画の趣味が私好み)、

さよなら子供たち【HDニューマスター版】 [DVD]

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これは真っ当に少年時代のノスタルジー映画なのですが、やはり第二次大戦中のフランスの寄宿学校で、子どもたちが過ごす場面をずっと撮っているわけなんですが、「わたしを離さないで」のような屈託はなく、美しい思い出が、ナチスによって壊された的な世界なわけです。

そう考えると、「わたしを離さないで」の世界は、ずっと美しくもない生活が、小さなときから大人になるまで続いており、しかも、運命は、ナチスのような突然の外部の敵ではなく、そもそもの最初から、自分たちの属する社会の内部にあり、悲劇は予言され、しかも、それを登場人物たちは受け入れるわけです。しかも、他者を救うという自己犠牲という美談=フィクションとして。

原作者のカズオ・イシグロは、この小説の設定をクローンや臓器移植のかわりに、核兵器原子力を使って物語を構想していたという。まさしく、この映画の介護者の人生と、この日本人の人生がダブってみえる。

月並みだが、私がこの映画を観て思うのは、子ども時代を幸せにしたいということだ。大人になったら大変なんだから、子どもたちには、今の生活を楽しんでほしい。そんなことを実は、映画を観て思っていました。原作も読もう。

#とかなんとかいいながら、主人公を演じるキャリー・マリガンが非常に魅力的で、実はこれだけでも見る価値があると思ったりしてます。

映画の公式サイト:http://movies.foxjapan.com/watahana/