キサー・ゴータミーの物語

小坂井敏晶「民族という虚構」で紹介されていた話、ネットで調べたら、ここにあった。

http://www.j-world.com/usr/sakura/buddhism/muga_2.htmlより孫引用

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キサー・ゴータミーという若い母親がいた。その小さな赤ん坊が死んで、彼女は悲しみのあまり、半狂乱のていであった。なんとか赤ん坊を生き返らせて欲しいといって、会う人ごとに訴えた。人々は彼女に同情し、近ごろ評判の高いゴータマ・ブッダと言う人がいるから、そこへ行って相談するがよい、とすすめる。なんとか赤ん坊を生き返らせるような魔力を、その人は持っているかもしれない・・・。

キサー・ゴータミーは希望に燃え、死んだ赤ん坊を抱いて、仏陀が滞在していた郊外の森へと急いだ。そして同じように訴えた。ところで仏陀の答えは以外であった。「それはいかにもお気の毒だから、わたくしが赤ん坊を生き返らせてあげよう。・・・村へ帰って、芥子のみを二、三粒もらってきなさい。」芥子の実はインドの農家ならどこにでもある。その実を使い、何かの魔術によって死者が生き返るのであろう。そう思って、キサー・ゴータミーが走り去ろうとするとき、その背後から仏陀が声をかけた。「ただし、その芥子粒は、いままで死者を出したことのない家からもらってこなければならない。」

半狂乱のキサー・ゴータミーには、まだ仏陀の言葉の意味が分からなかった。こおどりして喜んで、村にとって返した彼女に、村人は喜んで芥子粒を提供しようとする。しかし、第二の条件に対しては、「とんでもない。うちでは父や母の葬式もしたし、子供の葬式も出した」というような返事しか聞かれなかった。

家から家へかけめぐるうちに、キサー・ゴータミーにも少しずつわかってきた。ほとんど村中をまわって、仏陀のいるもとの森に帰ってくるころには、彼女は狂乱も消え去り、すがすがしい気持ちになっていた。赤ん坊はついに生き返りはしなかったのだが。

(長尾雅人、「仏教の思想と歴史」『大乗仏典』、中央公論社、22〜23頁)

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なぜ、母はすがすがしい気持ちになったのか。
彼女は知る。「人は必ず死ぬし、死に目に会わない人などいいない」ということを。誰もがみな「死者と共に生きている」ということを。
言葉では彼女はきっと理解することはなかっただろう。芥子の実を集める、一軒一軒回って、多くの人と対面し、話をする。そうして、自分の悲しみや苦しみが、決して自分だけのものでないことを、体験を通して知ったのだろう。